釈迦の心⑥ – 遠い昔からの仏の願い

圓福寺だよりコラム「仏音」
column No.019

仏は、常に私たち凡人を究極の悟リヘ導くため、休みなく思い続けています。

早く仏と同じ状態にしてあげたいと。これが仏の願いなのです。

 

仏の思いやり

私たちが仕事中でも、遊んでいても、寝ているときも、昼間、何処に居ても、いつでも仏の導こうという気持は、私たちに注がれているのです。遠い昔からの仏の願いなのです。

これに対して私たちは、仏の願いにアンテナを合わせるように、敬い、慕いを求めなければ真の幸せを得ることはできません。

仏が絶えず思いやりをもって見守っているのですから、横を向いてしまっては仏に失礼になります。

 

最高の素晴しい乗り物

仏は、慈悲・智慧など、仏の全ての力を妙法蓮華経の五字に込めて、私たちに与えてくれるのです。妙法蓮華経は仏の全て、全身、全体、全霊なのです。

これに対し、私たちは南無を付けて、信じて、南無妙法蓮華経の七字のお題目で仏に向かい合うことが一番大切なことなのです。

これによって、仏と私たち凡人の間に、命と命をつなぐような、血液の流れるような太い管ができるのです。南無することによって仏の命に入っていけるのです。

永い間、苦修練行しなくても常に迷いで苦しんでいる私たちでも、凡人の肉体そのままで仏の全身と一体になっていけるのです。

法華経の教えを実践し、仏の働きのほんの一部分でも担って、南無妙法蓮華経と唱えて仏とのパイプをどんどん太くし、仏の残された最高の素晴しい乗り物で仏の大きな命の中に入って行きましょう。

 

 

平成12(2000年)年07月13日発行 第43号より