魂を磨く

圓福寺だよりコラム「仏音」
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column No.002

 

人間の心は常に変化します。

ある時は、怒り、貪り、争い、他人より自分を大切に思い、人の命を奪うこともあります。逆に人に親切にしたり、喜ぶことをしたり、その時の状態によって良くも悪くもなります。そして楽しいことよりも、悩み・苦しむことが多いのが常です。

このような事を繰り返しながら一生を終える人がほとんどではないでしょうか。若い時はあまり考えないでしょうが、年を取るに従って、本当の幸せとはどんな状態なのかを少しづつ考えると思います。

お釈迦さまは、「人間というのは心が常に変化し、普通の人間はいつも迷い悩んでいる。仏の境地へ行ける種をもっていながら芽を出す方法を知らないのだ。」と。それは自分の心に執着する気持ちが強いからです。

 

仏の働きであると理解する

心というのは大きな海のように皆の心が溶け合っているのです。

川の水が海に入りますが、これはどこどこの川の水、この水はどこの川の水などと分けていません。みな同じ水です。心は本来ひとつです。一本の樹も根、幹、枝、葉と秩序を保っています。皆ばらばらではありません。この秩序が神、仏の働きなのです。

自分自身に執着する心を離すためにはどうしたら良いか、それは毎日の生活に自分の智恵と精一杯努力する気持ちで生きぬくことです。そして結果を絶対求めないこと、どのような結果になっても、仏から与えられたもので、これがいちばん良い結果なのだと思い込むことが大切です。

そうすると自分がはっきり見え、執着から離れ、この世のなかのことがみな仮のもので、常に変化滅亡し、執着しても馬鹿馬鹿しいと思えるようになります。

仏にお任せする気持ちになると楽天的になり、心が自由になり自分の心のエネルギーがまわりに強く働いて、物事が良い方向へ行き、人の役に立つことが多くなりその結果、仏の境地に近づくことになるのです。

 

過去の罪をお詫びする

また大切なことは、自分の生まれる前からの過去の罪(業)、先祖の罪をお詫びし、罪が消えるように祈り、家族の幸せを願うように祈ることです。

そういうふうに祈るということは、自分を無くさなければ仏に任せられない、それが信じることです。

そうすると守護の諸天善神、仏がどんどん引っ張り上げてくれます。

自分のことばかり考え、物事に執着するものには、同じような悪霊が憑きやすいのです。そのような人は悪霊に憑かれても気が付かず、ますます悪い方へ向かい家族などにも不幸が及ぶことになるのです。

 

 

平成04(1992年)年01月01日発行 第23号より