釈迦の心⑩ – 理論の一念三千

圓福寺だよりコラム「仏音」

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column No.023

 

一念三千の三千とは

前回、十如是を説明しました。

この十如是が、前々回に述べた百界のすべてに存在しているのです。

百界とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天・声聞・縁覚・菩薩・仏の十界の中に、それぞれ十界を持っているので百界です。
百界に相(すがた)・性質・影響力などの働きがあるので、百界×十如是=千如になります。

この千如に、下記の3つが当てはまりますので三千になります。

①生き物他すべて
②人間を形作っている肉体や精神
③国土、環境
結局、三千というのは、この宇宙の果てまで全てを含んだことをいいます。

空間的にも時間的にも過去、現在、未来、人間、動物、植物、水、空気、土、石、目に見えないものの活動、営み、すべてが三千ということです。

この三千が、私たちの一念、ちょっとした思いの中にすべて入っているということです。

 

何か一つでも欠けてはならない

過去、遠い昔の出来事、現在、全世界宇宙での出来事、未来の出来事が、全て私たち一人一人の心のなかに具っているのです。

何もかも全てが私たちの中に、たたき込まれて入っているのです。

いま圓福寺だよりコラム「仏音」を読んでいる皆さまも、紙を発明した人がいなかったら、印刷の技術を考えた人がいなかったら、別の形になっているでしょう。

紙を作ったり、原稿を書いたり、校正、印刷などなど多数の人々の働きがあって「圓福寺だより」も存在しているのです。

日常生活でも今夏は、記録的に暑い夏でしたが、電気、ガス、石油、原子力などに関する人がいるからこそ、冷房を使えて涼しい思いもできます。

どれか細かい事一つでも欠ければ、今の私たちはないのです。理論的にはお解りいただけたと思います。

理論の一念三千という事です。

 
平成13(2001年)年09月15日発行 第47号より