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お釈迦さま

  • 2017-07-13

お盆によせて

column No.049     苦しんでいる先祖を楽にする   お盆とはどういう意味かといいますと、倒懸(とうけん)といい、逆に吊されているとても苦しい状態のことをいいます。   お釈迦さまの弟子で神通力第一といわれた目蓮尊者(もくれんそんじゃ)が、亡き母 […]

  • 2017-03-14
  • 2017-04-23

【5月】こども祈願会「花まつり・鬼子母神お弟子祭り」

  神楽坂 圓福寺では、毎年5月の「母の日」に、花まつり・鬼子母神お弟子祭りを行っております。 ■ 5月第2日曜日(母の日)11:00~ 花まつり・鬼子母神お弟子祭り 仏の子として生まれたお釈迦さまをお祝いする「花まつり」にあやかり、子供の守護神として知られる鬼子母神さまのお弟子となること […]

  • 2017-02-08

依法不依人・依智不依識

column No.038     お釈迦さまが説いたお経の中に、①依法不依人 ②依智不依識という教えがあります。   ①依法不依人(えほうふえにん)   法によって人に依らずとは、特に信仰の面では大切なことです。   お釈迦さまの教え(お経)を、人 […]

  • 2017-02-08

釈迦の心㉑ – 「因行果徳」とは

column No.034     自分の徳が、仏様の徳となる   日蓮聖人は「お釈迦さまが菩薩としての修行時代に積んだ功徳と、悟って仏になられ仏としての徳が、妙法蓮華経の五字の中に入っている、具わっている」と言われています。   菩薩として、仏に成る為に行っ […]

  • 2017-02-08

釈迦の心⑱ – お曼茶羅の中に入る

column No.031     お曼茶羅(まんだら)とは   お題目を唱えることは、「お曼茶羅」の中に入っていくことです。   お曼茶羅とは、   ①仏の救済の世界 ②慈悲に包まれた大宇宙の姿 ③仏の智慧の光に照らされた、仏の悟りからみた大宇宙の […]

  • 2017-02-08

釈迦の心⑰ – 仏が我身に入る

column No.030     お釈迦さまと同じになれる   前号で「自然譲与」について少しふれました。   自分の智慧、厳しい修行を続けて一念三千を悟るのではなく、南無という強く信ずる気持ちで、南無妙法蓮華経を唱える。   お題目の中に私たちが […]

  • 2017-01-31

釈迦の心⑮ – 「一念三千」を悟る方法

column No.028     お釈迦さまの生命の中で、生きる   日蓮聖人は「事の一念三千」を言っておられますが、特に十界互具を強調しております。私たちの地獄から菩薩の九界の中に、仏界が具わっているこのことが大切です。   そうでないと肉体を持った凡人の […]

  • 2016-12-09

釈迦の心⑬ – 無始以来(始まりのない過去から)

column No.026   始まりのない過去から、終わりのない未来 前号で、多勢の菩薩が「私たちに乱れた世の法華経の布教をやらせてください」とお釈迦さまに言いました。 そして、お釈迦さまは「それはやめなさい」と言いいます。 「実はこの娑婆世界(我々の住んでいる世界)に、もともと私の弟子 […]

  • 2016-12-09

釈迦の心⑫ – 仏が悟った一念三千

column No.025   自分が大きな生命の歯車の一つ 一念三千を悟り、時間、空間を超えて大宇宙と同体になることが成仏です。 日蓮聖人の教え以前では、自分の心の中を深く見つめ、瞑想や、自分の知慧や、魂を磨いていく修業をして、一念三千を悟っていきます。 日蓮聖人は、お釈迦様の真実の教え […]